土曜日、いつものようにぶらぶらと東の方へ
最初に兵庫の「タバーンザカネサ」、横文字ですが角打です。(^_^)
入るとなにやら焼き物らしき箱が。
大将たぶん、ちっとはわかる人間に自慢したかったんやないかなぁ。
こんな高価なもん無造作に止まり木に置いとんのは。
まだぜんぜん手つかずで開けてありませんでした。
ちょっと手がすいてから大将がやってきて開けもって全部見せてもらいました。
見事な「黄瀬戸」です。大将お茶やっててお茶につかう道具なので
使い方はわかりませんが、ええもんはだれが見てもわかりやすい。
おまけにもらったという「ぐい呑み」六角形で変わってておもしろかった。ただ写真とりわすれたけど、、、。
写真はお茶の道具の「香炉」です。大将曰く「今の黄瀬戸の作家でこの人が一番うまい」そうです。
それからまたまた、電車に乗って元町へ「abuはち」でなにのんだんかなぁ、
途中で寝てしまってた。(>_<)
山陽電車の姫路行き最終で帰ることに、ホームに着くとすぐに入ってきたので
一番先頭の車両へ乗り込むと、わたしが祭典取締1年の時に3年で会計を
されていたMさんとお連れの方が乗ってました。
こんばんは、と挨拶をするとすぐそのお仲間の話の中にひきずりこまれました。
三宮で店を出しているお友達の所に飲みにいかれてたみたいです。
お友達の一人は大塩天満宮関係、もう一人は灘の松原の方でした。
やっぱり「祭りまみれ」の話でもりあがりました。あっという間に飾磨駅に。
Mさんけっこう酔ってらしたので、ちょっと遠回りしてMさんの家のほうから帰ることに。
その時いままで聞こう聞こうと思ってたことをおもいだしたので聞いてみることに
「Mさん、Mさんのはす向かいのMさんという家ご親戚ですよね。」
「そうやで、あのへんのMはみんな親戚や」
「ほんなら、あのはす向かいのMさんとこに、わたしより一つ下の女の子いませんか
もう結婚されてると思うけど」と聞くと
「あの子な、白血病で、17、8の時に死んだんや」
「えっ(ほんまに絶句した)」
「ああいう病気やから抗ガン剤打つやろ、はやからそないになった姿を年よりらぁが
みせたない、きれいなままのイメージでおってほしいということで若いもんは
病院にくないわれとったんや。」
「ほんまですか。ほんまにきれいな子やったもんねぇ。こっちに住みだしたらいつかは
会うこともあるやろおもっとったんですけど祭りとかでも見いひんかったので
どうしとんやろ思とったんです。」
Mさんが、「ショック?」って聞くのにほんまにショックで「ショックです。」としか言えへんかった。
もう今から30年近くも前に亡くなってらしたんですね。
高校の後輩で、わたしより一つうえのHさんとおつきあいされてました。
ほんまにきれいな子で、肌が透き通るように白かった。そしてなによりも品があった。
Mさんも「みんなでミス姫路に出たらっていうとった。」と言ってたが
たぶん文句なしで選ばれていたでしょう。
先輩のHさんは、単車乗りでホンダのXL250Sの乗ってらして
よく「姫路カワサキ」にお連れのNさんと行ってらっしゃいました。
わたしもその頃高校卒業して限定解除したばかりで「姫カワ」に入り浸ってました。
Nさんは小学校からの先輩で大学生になったHさんNさんともによく遊んでもらいました。
もうあの時Hさんの彼女Mさんは亡くなってたってことですよね。
H先輩今頃どうされているのかなぁ。
気をとりなおして元町近辺の写真
柚子屋のビンビールと薩摩切り子のグラス
看板の提灯
いわずとしれた「八島食堂 中店」 遅かったので看板の火は落ちていました。
昨日のあわ エビスビールまであと6本
ごはん、今日の魚類はちりめんじゃこのみ(>_<)
朝の電車は、「思い出、サビない」号でした。
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服部プロセスグループです。
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